『蘇州日記』 -03 私信
2017.09.07
『蘇州日記』 -02 私信

09月28日
[高倉克己宛]
昨日九時半雨の中を蘇州に入りました。領事館の自動車で領事館へ、それから指定の下宿へ入りました。いま木犀が街に香いあふれて、また街自身臭味が少くいいところです。末次氏は近く漢口へ行かれる由ですが、なお当分おいでの由で、今日は郊外寒山寺・虎丘山・留園といったところを倉田氏と一しょにつれて行ってもらいました。明日は無錫へまた三人で参る約束です。昨日は末次氏不在と、この下宿の不親切、日本食のまづさに閉口した私も、今日はお蔭で元気一杯腹一杯です。しばらくなれたら一人でもよいでしょうが、やはりはじめだけは知人のある無は大ちがいだとつくづく悟りました。郊外の景色は内地と余り変わらず、美しいこと数倍です。皆元気ですか。ではまた。約束の月餅は、もたぬそうですからやめました。

09月30日
[伊津野直宛]
出発の際は御電報ありがとうございました。上海へつく朝拝受いたしました。25日12時半上海着、二日滞在して27日当地に到着、領事館の世話で、下記日本下宿に入りました。丁度倉田様も引続き滞在中で、連日方々歩いております。昨日も無錫まで行って参りました。なかなか大きい、活気に満ちた元気な町でした。当地は街に臭気もなく、それどころか木犀白蘭等の香りで、昼夜いい気持ちです。領事館ではなかなか鄭重ですが、どんなものですか。学者等はやはり上海あたりに居るらしく、図書もここも無錫も駄目です。民衆演芸として弾詞や歌曲などは相当の余勢があるらしく、勉強の材料になることと存じます。目下のところは一向に勿曉得で情ない状態ですが、郊外の風景は朝顔や彼岸花なども咲き乱れ、稲は穂を垂れて内地とさほど異った感じではありません。京都の南郊と似た景物だと思います。水の豊富なせいか、砂塵のなやみも今のところありません。もっとも飲料水はやはりクリークの水をこして沸かし、湯にしたものを買うようです。北京のような水売りはおりません。いろいろ雑然と描きました。また落着いてから申上げます。

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解説;

領事館の自動車で領事館:
昔は蘇州にも日本領事館がありました。

木犀が街に香いあふれて:
蘇州は金木犀の都との別名もあります。

約束の月餅:
1939年9月27日は旧暦八月十五日。中秋節。
中秋節には欠かせない月餅を頼まれたらしい。

勿曉得:  わからない... 南方の言い回し。

~>゜)~<蛇足>~~
私信が間に入っていますが、
今回は別に取り出して紹介することにしました。

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