北京日本人子供音楽会

 2000年11月4日(日曜日)

始めての参加
   日本人子供音楽会は、日本と違って発表会がない子供たちのために、お母さんたちが自主企画をしている合同発表会です。数えること18回。ということは、私がはじめて北京に来た83年にはすでに行われていたのですね。

 北京に来て3年目。はじめの年は出ることも考えませんでしたし、昨年はYokoがイギリス・ロイヤルアカデミーのピアノのテストを受けたのでそれどころではありませんでした。なぜ、今年になって出演することになったかというと、私が司会を依頼されたからなのです。

 私が司会をするのだから、せっかくだから出てみたら?と日本人の人たちが集まるところになかなか出る機会のない子供を誘いました。子供より、先生の方が乗り気で、スムーズに出演者に加えていただくことになりました。

 

 

Ian
   イアンが弾いたのはモーツアルトのソナタ・ハ長調(の前半部分を子供用にアレンジしたもの)。同じ曲をYokoが同じ年齢でにオリジナルを弾いたということは内緒にしておきましょう。

 当日は、「楽譜を見て弾く」といっていたのですが、みんなが暗譜で弾くのを見て、自分も暗譜で!と決めたようです。

 親の贔屓目で、同じ年齢のほかの子供たちよりも音がとても大きくはっきりしていたのが印象的でした。そして拍手も一段と大きかった気がしました。

 

Yoko
   アメリカでの2度の発表会は、2度とも指の怪我でまともに演奏できなかったYoko。このジンクスと戦っての出演でした。

 今回はショパンのワルツ。2ヶ月でものになるなんて、私は考えてもいませんでした。というのも10月にロイヤルアカデミーのピアノのテストがあって今年もそれを受験しました。課題曲3曲、それにアルペジオの練習、音階練習などを夜遅くまで練習。結局本格的に発表会の練習を始めたのはテストが終わってからの10月中旬過ぎ。 音楽会の頃には、いすの座り胼胝?がお尻にできていました。

 Yokoはこの日、第3部の出演とあって、先生に付き添われて後から会場入り。人の多さに怖気づいていたようですが、しっかりと演奏しました。会場からはため息が……。

 

Mommy
   なぜかあちらこちらで司会をお手伝いしていて、今回もご縁があってお手伝いしました。

 100名近い子供の参加。名前を間違えないよう、また曲名を間違えないように緊張しながらの4時間でした。(もっと長かった?)疲れはしたものの、充実した時間を過ごすことができました。

 司会者席にいたため、留学生の友達の福富君がIanのベビーシッターと写真係を引き受けてくれました。それからYokoの付き添いをピアノの趙銘先生がしてくださいました。(ところで父親は?)みんなに支えられての、音楽会参加でした。

 

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